●上総の自宅兼作業場(五月二十六日)、早朝

SE:小鳥の鳴き声

【桃  鯉】「今日は五月二十六日かぁ。
       上総兄ぃのとこに厄介になってから、ずいぶんと経つねぇ。
       黒己、今日は何の訓練をしようか?」

(五秒の間)

【桃  鯉】「・・・・・・黒己・・・・・・黒己ってば、あれ?
       さっきまで、部屋の隅に座ってたのに・・・・・・どこへ行ったのかねぇ?」

SE:襖を開く音
SE:真古人の足音

【真古人】「おはよう、桃鯉」
【桃  鯉】「おはよう、真古人」
【真古人】「今さっき、黒己君が表に飛び出して行ったけど、何か用事を頼んだ」
【桃  鯉】「なっ、何だってぇ!」
【真古人】「わけ、じゃないみたいだね・・・・・・。
       ごめん、とめた方がよかったね」
【桃  鯉】「・・・・・・ううん、真古人が謝ることじゃないさ。
       あたしの責任だよ」

SE:襖を開く音
SE:上総の足音

【上  総】「朝早くから何です、騒がしい人達ですねぇ」
【桃  鯉】「お、おはようっ、上総兄ぃ。
       今朝は早いねぇ、ひょっとして徹夜明けかい?」
【真古人】「おはようございます、上総さん。
       今日は、いい天気になりそうですね」
【上  総】「おや、黒己君の姿が見えませんが・・・・・・。
       まだ【眠って】いるのですか?」
【桃  鯉】「上総兄ぃって、誤魔化されてくれないんだよねぇ。
       えぇと、黒己ってば、どっかに飛び出して行っちまったんだよ、はは」
【上  総】「ふぅ、それで桃鯉君の護衛といえるのですか?
       今後は黒己君の首に、特殊繊維の縄でもくくりつけておくことです」

SE:黒己の足音

【桃  鯉】「あの足音は・・・・・・、よかった、黒己が帰ってきたみたいだよ」

SE:襖を開く音

【桃  鯉】「今まで、どこをほっつき歩いてたんだい、黒己?」
【トウイ】「・・・・・・えっ・・・・・・ぇっ」
【黒  己】「・・・・・・廻り橋」
【桃  鯉】「何だ、近所じゃないか・・・・・・って、そういう問題じゃないよ!
       いきなり、いなくなったら心配するだろ!」
【トウイ】「・・・・・・えっ・・・・・・ぇっ」
【真古人】「あの、桃鯉・・・・・・叱るのはそこじゃないよ」
【上  総】「問題から目をそらすのはおやめなさい、桃鯉君」
【桃  鯉】「はぁ? 二人とも何を言ってるんだい? えぇ、下を見ろって?
       (三秒の間)
       えぇぇ、何だい、この子?」
【トウイ】「うえぇん、こきぃ、こきぃ」
【黒  己】「コッキ トウイをマモル」

SE:木刀を真古人に向ける
SE:木刀を受ける音

【真古人】「・・・・・・どうして、僕に木刀で打ち込んでくるんだい、黒己君?」
【上  総】「ふっ、日頃の行いの差でしょう。
       ねぇ、黒己君?」
【黒  己】「テキ 排除 スル」
【桃  鯉】「黒己、待ちなッ!
       その子はどこに落ちてたんだいっ?」
【真古人】「・・・・・・子供は落ちてないと思うよ」
【桃  鯉】「まさかっ、かっ、かどわかしなのかい?」
【上  総】「少しは落ち着いたらどうです、桃鯉君。
       大方、迷い子でしょう。
       昨晩から、祭り好きが大勢、この町に集まってきていますからね」
【真古人】「あぁ、今夜は風神祭でしたか」
【桃  鯉】「はぁ、犯罪がらみじゃなくてよかった」
【上  総】「ちっとも、よくありませんよ。
       大泣きする子供は依然として、私達の目の前にいるのですから」
【桃  鯉】「あんた、名前は?」
【トウイ】「・・・・・・えっ、えっ・・・・・・トウイ」
【桃  鯉】「何、聞えないよ!
       小さくたって男だろ、もっと大きな声で言ってごらん!」
【トウイ】「・・・・・・うぇっ、ええっ、えーん」
【桃  鯉】「困ったねぇ、こりゃあ、しばらく泣きやみそうもないよ」
【真古人】「君は、トウ・・・・・・イ、トウイ君かな?
       見た目からして五、六歳くらい・・・・・・だね?」
【上  総】「ほう、トウイとは、なかなか興味深い名前ですねぇ」
【桃  鯉】「へぇ、強そうな名前じゃないか。
       トウイ、お母さんの名前は言えるかい?」
【トウイ】「・・・・・・うぇっええっえーん、おかあさぁぁぁん」
【上  総】「・・・・・・桃鯉君は少し黙っていてください。
       質問する度にいちいち泣かれては、話が前に進みません」
【桃  鯉】「そっ、そんなこと言われたって・・・・・・」
【黒  己】「トウイ 泣ク、トウリはコワイ」
【桃  鯉】「ちょいと何だいっ、黒己までっ!
       トウイ、男がこのくらいでびーびー泣いてちゃ大きくなれないよ!」
【トウイ】「・・・・・・うぇっ、ええっ、えーん」
【真古人】「まぁまぁ、こんな小さな子だし、泣いても仕方がないよ。
       何かトウイ君の身許を証明するものがあれば、いいんだけど・・・・・・ん?」
【桃  鯉】「何だい、真古人?」
【真古人】「袂に何か・・・・・・入れているみたいだ・・・・・・。
       トウイ君、ごめん、少し貸してくれるかな?」
【トウイ】「・・・・・・んっ」

SE:衣擦れ

【真古人】「これは大刀の鞘だね・・・・・・」
【上  総】「真古人君、それを貸してください。
       黒己君、この子をどこで見つけましたか?」
【黒  己】「廻り橋・・・・・・トウイ コッキ 呼ブ」
【桃  鯉】「呼ぶって、トウイがあんたを呼んだのかい?」
【トウイ】「えっ・・・・・・えっ、コキィ・・・・・・だっこして」
【黒  己】『了解シマシタ』
【真古人】「トウイ君は黒己君に懐いているみたいだね。
       もしかして、牡丹さんの知り合いか親戚の子なのかな?」
【桃  鯉】「うーん、母さんからトウイって子の話は聞いたことないけどねぇ。
       どっちかってぇと、真古人の親戚筋じゃないのかい?」
【トウイ】「・・・・・・えっ・・・・・・ぇっ」
【桃  鯉】「ほら、真古人の小さな頃と泣き方が似てるよ」
【真古人】「そうかな、自分じゃわからないけど・・・・・・」
【上  総】「ふむ、《風渡り》の鞘・・・・・・廻り橋は風神祭の結界内でしたね・・・・・・。
       ただの迷い子ならば、そこらに捨て置きますが・・・・・・。
       これは・・・・・・どうやら、一筋縄ではいかないようです」
【桃  鯉】「上総兄ぃ、何かわかりそうなのかい?」
【上  総】「正確な答えを導き出すためには、この子の親御さんの捜索が先です」
【真古人】「そうですね、人出が多くなる夕刻前に見つけ出さないと」
【上  総】「桃鯉君には、黒己君とその子の監視役を頼みますよ。
       いいですか、間違っても外を出歩かないように・・・・・・」
【真古人】「そうだよ、黒衣の男達がいつ襲ってくるかわからないからね」
【桃  鯉】「もぅ、わかったってば。
       二人とも必ず、トウイのお父さんとお母さんを見つけてきてよ!」


●町中の路地裏、朝

SE:人のざわめき

【真古人】「すみません、一つお訊ねしますが・・・・・・。
       五、六歳くらいの子供を捜している親御さんを知りませんか?」
【町 人】「五、六歳くらいの子供ねぇ」
【真古人】「名前はトウイというのですが」
【町 人】「いやぁ、知らないねぇ」

SE:供二人の足音

【供 一】「マコト様、西ノ大通リ ノ 捜索 終了シマシタ。
       目標ジンブツ ハ 発見デキマセンデシタ」
【供 二】「マコト様、東ノ大通リ ノ 捜索 終了シマシタ。
       目標ジンブツ ハ 発見デキマセンデシタ」
【真古人】「お前達は引き続き、トウイ君の親御さんの捜索を続けるんだ。
       僕はもう少し、路地裏で訊き込みをする」
【供 一】「了解シマシタ」
【供 二】「了解シマシタ」


●町中の裏通りの居酒屋(縄のれん)、朝

SE:人のざわめき

【情報屋】「上総の旦那、朝っぱらから居酒屋で酒飲みとは感心しねぇなぁ」
【上  総】「酒ではなく、情報通の貴方に用事があるのですよ。
       この界隈で、迷い子を捜す夫婦者を見かけませんでしたかねぇ?」
【情報屋】「知らねぇなぁ、ぷはーっ、俺は情報屋だぜ。
       知ってても、無料ってわけにゃいかねぇなぁ」
【上  総】「わかりました、今度、座敷でひとさし舞いましょう」
【情報屋】「本当かっ、いくらで演る?
       分け前は半々・・・・・・いや、俺が六、上総の旦那が四か」
【上  総】「ふふっ、はした金など要りませんよ。
       その代わり、客は八人まで・・・・・・殿方は御遠慮願いますよ」
【情報屋】「よしきた、それで手を打つぜ。
       とりあえず、俺んとこに迷い子のネタは入ってねぇな」
【上  総】「風神祭の人出に乗じて、人買いは動いていませんか?」
【情報屋】「当然、動いてるさ。
       そのガキは女か?」
【上  総】「五、六歳くらいの男の子です」
【情報屋】「じゃあ、人買いはねぇなぁ。
       男のガキはさらったところで売れねぇ上、すぐ死にやがる」
【上  総】「まぁ、そうですねぇ。
       では、演舞の件は後ほど・・・・・・」
【情報屋】「約束を違えるなよ、上総の旦那!」


●上総の自宅兼作業場、朝

【桃  鯉】「よしっ、トウイは黒己の膝の上で味噌まんじゅうでも食ってな。
       あたしもあんた達の見張りを兼ねて、御相伴するよ」
【トウイ】「・・・・・・んっ」
【桃  鯉】「そういや、あんたの年を訊いてなかったねぇ」
【トウイ】「・・・・・・んっ」
【桃  鯉】「指が五本か、五つ・・・・・・克己と同い年かい。
       あんた、あたしの死んじまった弟と同い年だよ。
       こりゃあ、何としてでも母親の許に帰してやらないといけないねぇ」
【黒  己】「コッキがカエス、トウイをカエス」
【桃  鯉】「よかったじゃないか、トウイ。
       黒己もあんたに協力してくれるみたいだよ」
【トウイ】「ありがと、トウ・・・・・・おねぇちゃ。
      ありがと、コキ」
【黒  己】「トウイ、守ル・・・・・・トウリとヤクソク」
【桃  鯉】「だけど、トウイはどこで黒己のことを知ったんだい?」
【トウイ】「・・・・・・しららぁい」
【桃  鯉】「あたしの母さんは牡丹っていうんだけど、トウイは知ってるかい?」
【トウイ】「・・・・・・しららぁい」
【桃  鯉】「んー、じゃあ・・・・・・。
       お母さんの名前と、どこに住んでるか教えてくれないかい?」
【トウイ】「・・・・・・おかあさんはトウ、イ、かわのちかくにおうち、あるんだ。
      まぁにいちゃはやさしいけど、おかあさんはおこるとすごくこわいよ」
【桃  鯉】「へぇ、子供と同じ名前なのかい。
       なかなか面白いお父さんとお母さんだねぇ」
【トウイ】「トウイのおとうさん、いないもん、ずっといないもん。
      まぁにいちゃがいるから、いなくてもいいんだもんっ」
【桃  鯉】「なら、あたしと同じだね」
【トウイ】「トウ、おねぇちゃと同じ?」
【桃  鯉】「うん、トウイと同じで、あたしも父さんがいなかった。
       でも、母さんと上総兄ぃと真古人と・・・・・・カラクリ達がいてくれたから、ちっとも寂しくなかったんだ」
【トウイ】「あのね、トウイのおなまえ、おとうさんがつけた。
      えらいひとのおなまえ、だって」
【桃  鯉】「ふぅん、どういった漢字を当てるんだろう。
       トウイのお父さんは学のある人だったんだねぇ」
【トウイ】「えへへ」
【桃  鯉】「笑い方も真古人に似てるねぇ。
       あんたの両親は、唐華流の傀儡師か修理師かもしれないよ?」
【トウイ】「・・・・・・からはなりゆう?」
【桃  鯉】「うん、黒己みたいな子達を作る職人の集まりなんだ」
【トウイ】「トウイはコキだいすき」
【黒  己】「コッキ ハ トウイといる キブンよくナル」


●上総の自宅兼作業場、昼

SE:襖を開く音
SE:上総と真古人の足音

【上  総】「ただいま戻りましたよ。
       桃鯉君、何も変わりはありませんね」
【真古人】「ただいま、桃鯉、黒己君、トウイ君」
【桃  鯉】「お帰りっ、どうだった?
       手ぶらってとこを見ると、収穫はナシかい?」
【上  総】「ある意味、徒労でしたね」
【真古人】「ごめん、桃鯉・・・・・・。
       供の二人には引き続き、捜索命令を出してあるから」
【桃  鯉】「ありがとう、真古人」
【上  総】「おやおや、私にはお礼の言葉もありませんか?」
【桃  鯉】「・・・・・・上総兄ぃ、お酒臭いよ」
【上  総】「馴染みの情報屋と、一献酌み交わしてきました」
【真古人】「僕が町中を走り回っている間、いい大人の上総さんはお酒を楽しんでいたんですか?」
【上  総】「いいじゃありませんか、未成年。
       私はやるべきことを、きっちり終わらせていますよ?
       その証に、桃鯉君」
【桃  鯉】「何だい、上総兄ぃ」
【上  総】「昨日から今朝にかけて、この界隈で迷い子の届けは出ていませんよ」
【真古人】「その情報は確かなんですか?」
【上  総】「えぇ、情報屋に少し握らせましたから」
【桃  鯉】「少し握らせたって・・・・・・?」
【真古人】「金子だよ、桃鯉。
       上総さん、色男に金はないんじゃありませんでしたか?」
【上  総】「ですから・・・・・・未来の金子を少しね、くすくす」
【真古人】「未来の金子?」
【桃  鯉】「そんなことはどうでもいいんだよ。
       トウイがこの辺りで迷い子じゃないってんなら、何だってんだい?」
【上  総】「ふふっ、聞きたいですか?」
【真古人】「上総さんのご意見を是非、拝聴したいです」
【上  総】「いいでしょう、推測するに足る材料は揃いましたからねぇ」


今回、御協力いただいた方々です。
●桃鯉、トウイ、町人、供二人(武川鈴子 様)
●黒己、上総(joe 様)
●真古人(歩時 様)
●情報屋(筒葉 深華 様)

○編集様(花柳 里穂 様)

本当にありがとうございました。
CV様には一人で何役もこなしていただき、多謝です。

[2012年 2月 6日]

inserted by FC2 system