【上  総】「それには、まず風神祭の由来を説明しないといけないのですが・・・・・・。
       ────面倒なので省きます」
【桃  鯉】「風神祭って十年に一度、お侍さんが大刀を清めるための祭りだよね?」
【上  総】「違いますよ、桃鯉君。
       今でこそ、剣技の上達を祈願する祭りのように思われていますが・・・・・・」
【真古人】「風の神をこの町の結界内に招来して、東華央国の未来を占うのが祭りの主旨だよ。
       今年の結界は、招福寺から一つ小路を挟んだ東風寺までですよね、上総さん?」
【上  総】「さすが御曹司、無駄に知識がおありですね」
【真古人】「ありがとうございます、上総さん」
【桃  鯉】「それで、風神様に未来を占ってもらう風神祭とトウイに一体、何の関係があるんだい?」
【上  総】「大有りですよ、桃鯉君。
       そこの迷い子が持っていたのは、風神の加護を得た名刀《風渡り》の鞘なのですから」
【真古人】「《風渡り》といえば、あの黒劉斎も欲した名刀ですよね?」
【上  総】「えぇ、馬に代わる『足』として欲しかったようですね。
       《風渡り》の持ち主は、風神の操る神風に乗ることができますから」
【真古人】「神風の話は、聞いたことがありませんが・・・・・・」
【上  総】「当然です、黒劉斎と前の持ち主と私だけの秘密ですから。
       実際のところ、人が乗れるほどの神風が起こるのは嵐か風神祭だけですから、戦場では使えなかったようですが・・・・・・」
【真古人】「他に、使い途はあるんじゃないですか?
       嵐は発生日時と場所の予測が不可能ですが、風神祭なら、その問題点は解決されますよね?」
【上  総】「解決ねぇ」
【桃  鯉】「上総兄ぃ、トウイが持ってるのは《風渡り》の鞘だけだよ?
       それでも、神風に乗れるのかい?」
【上  総】「もちろん、鞘だけでは無理ですよ、桃鯉君。
       ですから、刀身を持っている存在が・・・・・・その子の親御さんが近くにいる可能性を示唆したのです」
【桃  鯉】「トウイはお父さんがいないんだってさ。
       ってことは、お母さんと神風に乗ってきたってことになるけど・・・・・・」
【真古人】「すぐには、信じ難い御伽話ですね」
【上  総】「物証がなければ信じられませんか、真古人君?」
【真古人】「信じます、上総さんが確証もなしに与太話をするとは思えません。
       桃鯉が関わるときは、特に」
【桃  鯉】「あたしは物証ってもんを見せてもらいたいよ、上総兄ぃ。
       トウイの運命がかかってる、憶測だけで動くわけにゃいかないよ!」
【上  総】「ほぅ、桃鯉君にしては珍しいことですねぇ。
       いいでしょう、少し待っていてください」

SE:襖を開く音
SE:上総と真古人の足音

【上  総】「これが、《風渡り》です」

SE:大刀を置く音

【桃  鯉】「この大刀、トウイの持ってるのと同じ鞘じゃないか!」
【真古人】「同じ銘の大刀ですか・・・・・・?」
【上  総】「まさか、《風渡り》はこの世に一振りしか存在しません」
【真古人】「上総さん、少し見せてもらえますか?
       これは見事な拵えだ・・・・・・」
【桃  鯉】「うわぁ、こんな綺麗な刃紋は見たことがないねぇ」
【上  総】「二人とも、今のうちに堪能してください。
       人の目に触れていい大刀ではありませんから、これが最初で最後の機会ですよ」
【真古人】「上総さん、これはどこで手に入れたんですか?」
【上  総】「秘密です、子供には少々、刺激が強過ぎますからねぇ。
       どうしてもというのならば、手取り足取り教えて差し上げますが?」
【真古人】「・・・・・・いいです、遠慮しておきます」
【桃  鯉】「もぅ、上総兄ぃは!
       そうやって、いつもはぐらかすんだからさ!」
【上  総】「では、戯言はさておき」
【真古人】「上総さん・・・・・・心臓に悪い戯言は止めてください・・・・・・」
【上  総】「私の《風渡り》は紛れもない本物。
       その子が持っている《風渡り》の鞘も本物となれば、結論は一つです」
【桃  鯉】「《風渡り》は二振りあったってことかい?」
【上  総】「人の話はきちんと聞きなさい、桃鯉君。
       本物はこの世に一振りと言ったはずです」
【真古人】「《風渡り》の精巧な贋作の可能性は?」
【上  総】「贋作が知れたら、不敬罪で関係者すべての首が飛びます。
       その子の《風渡り》は、未来の《風渡り》の鞘です」

(十秒程度の間)

【桃  鯉】「えぇぇぇぇぇぇ!」
【上  総】「さて、迷い子君、今年は花蔭何年かわかりますか?」
【トウイ】「か・・・・・・かいん?」
【桃  鯉】「トウイはまだ五歳なんだよ、暦のことなんてわからないさ」
【上  総】「では、私が彼に代わって『今年は花蔭三七二年だ』と答えましょうか。
       三八二年は・・・・・・まぁ、あの子の性格からしてないでしょう」
【真古人】「今から、十年後か二十年後の未来・・・・・・?
       時間軸を過去ではなく未来とした、その根拠は何ですか?」
【上  総】「《風渡り》が某屋敷の土蔵から出されたのは、今から八年前です。
       乳臭い『物証』が、国宝級の『物証』を持ち出せるはずがありません」
【真古人】「・・・・・・なるほど」
【桃  鯉】「物証が物証を・・・・・・って?」
【真古人】「うん、十年前だと、トウイ君とその関係者が《風渡り》を持ち出すのは、条件的に困難ってことだね」
【上  総】「よくできました、真古人君には花丸を差し上げます」
【真古人】「遠慮しておきます」
【黒  己】「コッキ ハナマル 欲しい」
【上  総】「ですよねぇ、私の花丸は貴重なんですよ?
       計算問題にすべて正解した上、美しい数字でなければあげませんから」
【桃  鯉】「だから、黒己は数字の書き取りもしてるんだね?」
【黒  己】「ハナマル コッキのアタマが強い・・・・・・アカシ!」
【真古人】「・・・・・・上総さん、話の続きをどうぞ」
【上  総】「彼が未来からの使者だとすれば・・・・・・結界内に、この子の母親がいます。
       私達が自分の息子を連れてくるのを待っているはずです」
【真古人】「それじゃあ、時間がないんじゃありませんか?
       風神祭の前夜、人の世に招いた風神は真夜中に帰ってもらうはずです」
【上  総】「いかにも。
       風神といえども、天の加護がない東華央国に長くは滞在できませんからね」
【桃  鯉】「それって・・・・・・今日中に風神が帰る場所を見つけないと、トウイはこの先、一生、お母さんに会えないってことかい?」
【トウイ】「・・・・・・っ、やだよぉ、コキィ」
【真古人】「大丈夫、風神が移動できるのは結界内だけだから、そこから人の世と神世を結ぶ場所を探せばいいはずだよ。
       たぶん、黒己君がトウイ君を見つけた場所じゃないかな」
【上  総】「そうなると、風神がやってきた場所は──廻り橋、ですね」


●廻り橋のたもと、真夜中

【桃  鯉】「本当に、この廻り橋で大丈夫なのかい?
       厄介な霧まで出てきたよ?」
【真古人】「行きと帰りで違う『道』って可能性はなきにしもあらず、だけど。
       行きに橋を使ったら、帰りも橋を使うのが、風神祭の約束なんだよ」
【上  総】「安心なさい、結界内にかかる橋は廻り橋だけです。
       霧は退出の合図ですよ、君、準備なさい」
【トウイ】「コキィ・・・・・・おじちゃん、怖いよぉ」
【上  総】「・・・・・・誰がおじちゃんですか、誰が」
【黒  己】「コッキ トウイを帰ス・・・・・・トウリ」
【桃  鯉】「トウイを母親の許に帰すって?
       あたしは黒己にそんな命令してないよ?」
【真古人】「桃鯉っ、あれを見て!」
【トウイ】「──おかあさんっ!」
【桃  鯉】「あっ、トウイッ!」

SE:トウイの足音

【桃  鯉】「ちょっ、上総兄ぃ、離しておくれよっ!」
【上  総】「駄目ですよ、桃鯉君。
       廻り橋の向こう側と、こちら側では時の流れが違います。
       《風渡り》を持たずに渡るのは危険過ぎます」
【桃  鯉】「だけど、このままじゃ、トウイがっ!」
【真古人】「大丈夫だよ、桃鯉。
       さっき、トウイ君は『おかあさん』って叫んでいたから」
【???】「・・・・・・・・・・・・でした」
【桃  鯉】「橋の向こう側に立ってるのは女の人かね?
       こう、霧が濃くちゃわからないよ」
【上  総】「声だけでわかりますよ、私には」
【???】「うちの子が面倒をおかけして申し訳ありませんでした。
       ほらっ、あんたも桃鯉、さんにお礼を言いなさい」
【トウイ】「ありがと、トウイおねえちゃ」
【???】「上総に・・・・・・さんと、真古人、さんにもお礼を言いなさい」
【トウイ】「カズサ、マコト、ありがと」
【???】「本当にありがとうございました」
【上  総】「失礼を承知でお訊ねしますが、貴女は今おいくつでしょうか?」
【???】「今年で二十六になります・・・・・・・・・・・・本当にごめんなさい」
【上  総】「ふふっ、謝ることではありませんよ。
       母親にとっては、子供の希望が最優先事項でしょう?」
【???】「・・・・・・でも、大切なことだから、直接、言いたかったんです」
【上  総】「幸せにおなりなさい・・・・・・私が今、言えるのはそれだけです」
【???】「ありがとう、さよなら・・・・・・皆さん!」

SE:風の音

【桃  鯉】「・・・・・・すごい風っ・・・・・・え、母さん! 母さんっ!」

SE:風の音

【桃  鯉】「・・・・・・母さんが・・・・・・トウイと一緒にいなくなっちまったよ・・・・・・」
【真古人】「違うよ、桃鯉。
       あの人は牡丹さんじゃなかった」
【上  総】「えぇ、お師匠さんではありませんでした」
【黒  己】「お母サン ボタン 違ウ」
【桃  鯉】「黒己・・・・・・そうだね、未来じゃ・・・・・・母さんはいないね・・・・・・」
【上  総】「さて、これで用件は済みました。
       早く帰りましょう、私は明日も仕事があるんです」
【真古人】「僕も、明日は本家に顔を出さないといけないんだ」
【桃  鯉】「そうだねっ、あたしも明日に備えて早く寝ないと。
       トウイがお母さんと会えてよかったね、黒己?」
【黒  己】「・・・・・・トウイ 知シラナイ?
       コッキ トウリを守ル」


●上総の自宅兼作業場、上総の部屋、真夜中

SE:襖を開く音

【真古人】「夜分に失礼します、上総さん」
【上  総】「おや、真古人君も眠れませんか?」
【真古人】「はい、衝撃的でしたから・・・・・・」
【上  総】「まぁ、傾国と称されたお師匠さんの美貌には、一歩どころか三歩も及びませんでしたからねぇ。
       真古人君がガックリくるのも仕方ありませんよ」
【真古人】「そっちじゃありませんっ。
       予想以上の、美人・・・・・・だったと・・・・・・思います」
【上  総】「正直に言っても、未来の桃鯉君は責めませんよ?」
【真古人】「僕なりの価値基準で、桃鯉は美人ですっ」
【上  総】「何気に失礼ですよ、真古人君。
       兄弟子の立場で言わせてもらっても一応、美人ですよ、桃鯉君は」
【真古人】「・・・・・・すみません」
【上  総】「しかし、未来の桃鯉君とその息子に会えるとはねぇ。
       長生きはするものですよ」
【真古人】「長生きって・・・・・・上総さん、まだ三十代じゃないですか」
【上  総】「三十過ぎまで生きれば、十分に長生きですよ。
       あと四、五年で死んでも悔いはないですねぇ」
【真古人】「僕だってありません!」
【上  総】「そう断言するということは、今回の件、すべてお見通しですか?」
【真古人】「わかっています、未来の桃鯉が僕達に会いにきた理由ぐらい・・・・・・。
       もう会えない父親の顔を見せたかったんでしょう、トウイ君に」
【上  総】「・・・・・・まぁ、理由の一つはそうでしょうねぇ」
【真古人】「トウイ君は五歳で、未来の桃鯉君は二十六歳。
       桃鯉がトウイ君を産んだとき、二十一歳ということは・・・・・・」
【上  総】「彼が桃鯉君の腹にいる期間を含めると、父親の寿命は短くて四年強。
       三つにもなれば、父親の顔は覚えているでしょうから、長くて七年弱といったところでしょうねぇ」
【真古人】「十年後の風神祭の神風に乗じた理由は、想像するしかありませんけど」
【上  総】「・・・・・・次の次など、気の短い桃鯉君に待てるはずがありませんよ」
【真古人】「ははっ、二十年後は無理ですね」
【上  総】「己の寿命を知らせるわけですから、父親には残酷な仕打ちですがね。
       成長した息子の顔を見られましたし、それでよしとしますか」
【真古人】「可愛いトウイ君を、自分の息子みたいな言い方しないでくださいっ。
       彼は泣き方が僕に似てると、桃鯉も言ってました」
【上  総】「男の嫉妬は見苦しいですよ、真古人君。
       御曹司は腕利きの嫁の尻に敷かれて、せいぜい長生きすればいい」
【真古人】「桃鯉といられないのなら、長生きしても意味がありません」
【上  総】「その愛の告白とやらは、桃鯉君に直接、言ってください」
【真古人】「・・・・・・そっ、そんなこと、いっ、言えるわけがっ・・・・・・」
【上  総】「私は《風渡り》の秘密を、墓場まで持っていくつもりです。
       ですが、死の間際に気が変わって、戯言混じりに妻に告げてしまうかもしれません」
【真古人】「遺言が戯言混じりですか、上総さんらしいです」
【上  総】「あぁ、トウイ君は私の息子ではないかもしれませんよ?
       泣いてばかりで依存心の強いあの性格、昔の真古人君にそっくりじゃ」

SE:大刀を受ける音

【真古人】「今から、真剣勝負してもらってもいいですか?」
【上  総】「まぁまぁ、昔、と言ったでしょう?
       聞きようによっては褒め言葉ですよ、褒め言葉」
【真古人】「・・・・・・上総さんじゃなければ、瞬殺だったのに。
       トウイ君の性格はともかくとして、《風渡り》の秘密は僕も知っているわけですし、未来は不確定ですよ」
【上  総】「不確定で結構、決まりきった未来などつまりません」
【真古人】「・・・・・・僕はそろそろ休みます」
【上  総】「えぇ、よい夢を・・・・・・真古人君」

SE:襖を開く音

【上  総】「死んだ夫に再婚の報告ですか、未来の桃鯉君?
       男心にうといところも、お師匠さん譲りなことで・・・・・・」

(十秒くらいの間)

【上  総】「しかし、我が子に現藤倉流宗主の幼名をつけるとは、未来の私も相当、酔狂ですねぇ。
       それとも、私は藤倉流と和解するのでしょうか・・・・・・?」
【上  総】「ふふふっ、先が楽しみですねぇ」


今回、御協力いただいた方々です。
●桃鯉、未来の桃鯉、トウイ、町人、供二人(武川鈴子 様)
●黒己、上総(joe 様)
●真古人(歩時 様)
●情報屋(筒葉 深華 様)

○編集様(花柳 里穂 様)

本当にありがとうございました。
本編完成前に、またよろしくお願いします。

[2012年 4月 1日]

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